CBの活動の甲斐あってか、近頃は表立った世界の乱れは少なくなった。しばらくは穏
やかな日が続くであろうという戦術予報氏の予測により、マイスターの面々はそれぞれ
つかの間の休暇を与えられることになった。ロックオンも久しぶりの休暇に羽を伸ばそう
と、AEUの暖かな観光地に足を運んでいた。今のうちに服の一つでも買っておくか、と
少し浮かれながらも町に向かった。買い物に夢中になっており気がつかなかったが、外
はどんよりとした雲がたちこめ、すでに雨がぽつぽつとレンガ造りの通りに落ちていた。
クルーの女性たちではないが、両手に紙袋を抱えたロックオンは宿泊先に戻ることがで
きなくなってしまった。ショッピングモール内でお茶でも飲むことに決め、少しアンティーク
で落ち着いたカフェに足を入れた。外が雨のせいか、店内は込み合っていた。店員が忙し
なく注文をとり、買い物帰りの女性たちが楽しそうにおしゃべりをしていたりと、にぎやかだ。
平和だなと少し和んでいると小走りで店員がやってきた。
「お待たせしました。ただいま店内込み合っておりまして、相席でもよろしいでしょうか。」
「ええ、俺はかまいませんよ。」
店員が困った顔で言うものだから、ロックオンは快く了承の返事を返した。
案内されて席に進むと、先ほど言われた通り先客がいる。少しくすんだブロンズの髪をした
男性は、女性好きする感じの甘い顔をしている。スーツを着ているがサラリーマンだろうか。
そんなことを考えながら、相席にしてもらった手前何も言わずに席に着くのもどうかと思い、
「すみません、相席にして頂いてありがとうございます。」
そう一声かけると、その男性は顔を上げた。しばらくこちらの顔を観察するように見ていた
かと思うと、思いがけず明るい声をあげた。
「いやいや、こちらこそ君のような美人と席をともにできて光栄だよ。憂鬱な雨だと思っていた
が感謝を送りたいね。」
「はあ、ありがとうございます。」
なんだ、この男は。美人・・・俺がか?困惑し思わず礼の言葉が口をついてしまったがいっ
たい何を考えているのだろう。これ以上の会話は厄介そうだと判断し、ウェートレスを呼び止
めアイスティーを注文すると、読みかけだった本を取り出し読むことにした。これまでの話の
流れを思い出しながら、ストーリーの中に思考を沈めようとした。ようとしたのだが、如何せん
集中できない。集中力を乱すのは店内のにぎやかな雰囲気ではない。間違いなく目の前の
人間が原因だ。先ほど奇妙な言葉をかけてきた、スーツの男性がじっとこちらを見ているの
が気になってしょうがない。カップの中身は既になくなっているようだが、席をたつ様子もなく
自分に視線を注いでいる。初対面の男性にあまりにじろじろと見つめられては落ち着かない。
「あの、何か?」
「失礼、君があまりにも美しいから見とれていた。そして君の心を奪っていた本に少しばかり
嫉妬していたところだ。」
堪らず尋ねたが、とうてい男に向けるとは思えないような言葉が返ってきた。いや、女性に
向けた言葉だとしても気障過ぎるのではないか?気障という域に収まるかどうかもいささか
疑問だ。初めてあった人間に言うことではまずないだろう。これならば無視していたほうがま
しだったかもしれない。と心の中でロックオンは愚痴る。
「私はこの出会いに運命的なものを感じずにはいられないのだよ。麗しの姫の名前を聞いても
かまわないかい?」
「姫って。あんた俺が男だってわかって言ってんのかよ。それに、こういう時はあんたから名乗
るべきじゃないんですか。」
「それはそうだ。私としたことが、マナーがなっていなかったね。私はグラハム=エーカー。覚
えてもらえると嬉しいよ。」
金髪の男はそう名乗ったが、こんな変わったやつ忘れたくても忘れられるはずがない。もう
会うことはないだろう、というより、もう二度と会いたくないタイプの人間の上位に間違いなく入
ると思った。どちらにしてもここは本名を明かさないほうがいいだろう。
「さあ、姫の名前を教えてくれないか。呼びかける名がないのはいささか寂しいものだよ。」
「わかったわかったから、もうその姫ってのやめてくれませんか?」
「一目見た瞬間から私の理想の姫君だと思ったのだが。そんなに気にするのなら、他でもな
い君の願いだ、善処しよう。」
まったく本当にわかってくれたのか?それに、俺が姫君ってありえないだろ。背だって一般
男性のそれよりも高いほうだっていうのに……。
「俺はロックオンです。ロックオン=ストラトス」
少々やけになりながらも名乗ると、グラハムは「ロックオン」と小さく呟いた。自分のコードネ
ームは変わっているが、やはりこの男もそう思ったのだろうか。
「君は一人でここへ?」
「あっ、はい。久しぶりに休みが取れたから。観光もかねてちょっと買い物に。エーカーさんは
仕事ですか?スーツ着てるみたいだけど。」
「グラハムだ。」
「えっ…?」
「ファーストネームで君に呼び捨てられたい。そうしてくれるかい?」
「はあ、まあそう言うなら。」
「よかった。そうだね、仕事で数時間空きが出来たから少し休憩に出てきたところさ。少々もて
あましていたが、 暇つぶし以上の素敵な時間を得ることが出来て幸せだよ。」
いったい、どんな仕事をしているのだろう。ほんの少しではあるがこの男に興味がわいた。
しかし、仕事を尋ねればこちらにもおなじ質問が向けられるだろう。当然本当のことをいえる
はずもなく、かといって適当にごまかしてボロが出てしまってはまずい。なぜだかわからない
が、この男相手に嘘が通用しないような気がした。澄んだエメラルドの瞳がそう思わせるの
だろうか、何も触れずにいるのが安全だろう。そう判断すると、アイスティーに手をつけた。な
んだか思ったよりも喉が渇いていたようで、一気にグラスのほとんどを吸い上げてしまった。
***
それからしばらくの間、他愛もない話を続けたが意外とグラハムとの会話ははずんだ。やは
り口調に独特のものがあるが、それに目をつむればなかなか楽しいものだった。思いがけず
博識で、また聞き上手であったので、いらないことを話してしまわないように気をつけなくては
いけないほどだった。気がついたら半時間もたっていて、グラハムは二杯目のカップを空けて
いた。すると、店内に携帯音が響き、その小さな音はどうやらグラハムのものであるようだ。
持ち主を呼ぶそれをスーツのポケットから取り出した。
「もしもし、私だ。あぁ、それで?……わかった、今から戻るよ。」
「仕事の呼び出し?」
「そのようだ。」
携帯をもとあった場所にもどし、あからさまに落ち込んだような表情をしたかと思うと、急に俺
の手を握ってきた。いつも着けている手袋越しにだが、確かに人のぬくもりが伝わってきて、
不覚にも少しどきりとしてしまった。どきり?どきりってなんだよ。それよりもこの状況はまず
いんじゃないか。ここは大半が女性客というカフェだ。男二人が手を握り合ってるなんてあや
しいとしか言いようがない。しかしそんなこと、この目の前の男は気にしていないようだった。
真剣な顔をしてこちらの目を見つめてくる。
「ロックオン、私は君との関係を今日限りのものにしたくないんだ。もっと君のことが
知りたい。」
「ちょっ、まず手を離してください。」
「私はもう行かなければならない。また会いたいんだ、ロックオン。連絡先を教えては
くれないか。」
必死な様子が表情から、また先ほどよりも強く握られた手から痛いほど伝わってくる。こんな
に正面から本気で口説かれたのは初めてだったため、ほだされてしまいそうになった。
それに、頷かないと握られた手を離してはくれそうもない。
「わかりました。教えますから手、いい加減離してくれませんか。」
そう言うと、グラハムは名残惜しそうに手をひとなでし、そっと離してくれた。鞄から手帳を
取り出し一枚破ると、CBからそれぞれに与えられているものではない、プライベート用の番
号を書いて渡した。
「ありがとう、近いうちに連絡するよ。」
メモを受け取ったグラハムは、携帯が入っていたほうとは逆のポケットに嬉々として入れると
立ち上がり、ロックオンの席のまえにやってきたので、ロックオンも横を向いた。グラハムはロ
ックオンの手を恭しく持ち上げたかと思うと、
「必ずまた会おう。私の姫君」と言って指先に優しく口付けた。驚きに固まってしまったロック
オンをよそに、グラハムは浮かれた雰囲気を漂わせながら足どりも軽く去っていった。
残されたロックオンは、アイスティーのグラスを握ると勢いよくストローをすった。時間がたち
氷が解け、わずかに紅茶のにおいがするだけとなった液体は飲めたものじゃなかったが、ズ
ズズズズっと音がし何も吸い上げるものがなくなるまで飲み干した。赤くなった顔も幾分か収
まり、自分もそろそろ帰ろうと荷物を両手に下げて立ち上がった。自分の座っていたテーブル
に目をやると自分の分の伝票がない。おそらく先ほどグラハムが帰ったときに一緒に持って行
ってくれたのだろう。全く、同じことを女性にすれば大体の女性はクラリときてしまいそうな気
遣いだ。その相手が俺みたいな男っていうのは、どうなんだろう。そういうふうに思えて仕方が
ないが、むず痒いような暖かな気持ち感じている自分に少し驚いた。が、あまり気にすること
もなく店の外へ出ると、雨はいつのまにかすっかりやんでおり、雲間から幾筋ものひかりが
もれていた。一度降った雨のおかげか、通りの空気はてとも澄んでいる。空を見上げすぅっ
と大きく息を吸うと、ゆっくり吐き、ホテルへと足を踏み出した。
<グラハムはこれからどう仕掛けてくるのでしょうか?もし好評いただけたら続編も書いてみたいです>
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